酩酊

いつの間にか10月に入り、今年も残り3ヶ月というところ、夏の季節感がイマイチ抜け切らない東京。かっちりと秋に切り替わるのではなく、気がついたら秋に変わっていたという雰囲気。

4週間程前の話になる。なかなか集まらない自転車チームのメンバーで飲む事になった。5人いるメンバーの1人が少し遠い地域に住んでおり、その男(Aとする)は最近ヘルニアが再発しあまり自転車にも乗れず気落ちしているようだったので、ぼくを含む3人で、どれ慰めにいってやろうかいと土曜日の夕方クルマを走らせA宅に向かった。メンバーの残りの1人(Bとする)も移動中に連絡をしてみたところA宅からあまり遠く無い場所に嫁さんと一緒にいるようで、あとで合流出来るという事だったので、とりあえず最初は4人でA宅の近くにある焼き鳥屋に趣いて飲み会が始まった。

 その日ぼくは、ぼくのクルマでやってきたということもあり、あまり飲む事に気乗りがせず、今日は飲まずにいるよと言いながらひたすらつくねを食べ(余談だがこのお店はバリエーション豊かなつくねが自慢だったのでつくねを沢山食べたのだ)、他3人からのいいから飲もうぜ飲もうぜ攻撃をゆらゆらと躱しつつ3人にお酒を注ぐ役に徹していた。そのうち友人の1人(Cとする)が、その日は焼酎半額デーという謎のキャンペーン日だったこともあり、あろうことか焼酎一升瓶を注文し、ぼくを除く3人で焼酎を飲み始めた。今日で一升瓶開けるぞーと友人達は意気込み、ぼくも皆に飲ませることで自分が飲めないストレスを発散させようとたくらみ、隙あらばコップに焼酎を充填する作業に徹した。

 そのうち友人の1人(Dとする)が、この男はコップに水分があれば手持ち無沙汰で考え無しに飲んでしまうような男なのだが、とにかくそのDがいよいよ気分が良くなって来たようで、普段は本当に内向的な男なのだが、随分と饒舌になってきてぼくは若干引き気味だった。引き気味になりつつ、D自身はどんどんテンションが上がって来て、その上昇気流のまっただ中でBが到着したものだからそこでDのテンションは最高潮に達したようだった。乾杯をしつつDの独壇場となり、人の話を遮って謎の講釈を垂れたり、人の話にヘッドバンキングのような相づちを打ったりと、普段抑制されている感情に一切の枷が無くなったような極めて幸せそうで自由な振る舞いをしていた。

 そのうちDはどういうわけかテンションが高いままネガティブな気分になってきたようで、おれがダメ人間なのは分かっている、おれが要らなくなったらどうか急行が止まる駅に置いて行ってくれ、と呂律の回らない口調でひたすらと、条件付きで置いて行って欲しい旨を連呼し始めて、ぼくはそのときに実際こいつを置いて帰りたかったのだけれど、とにかく語りたいふうだったのでそのまま皆でDの話に耳を傾けていた。漫画とかアニメとかドラマでよくある、べろんべろんに酔っぱらった中年親父が酒場のカウンターで半分ダウンしながら管を巻いている、まさにそういった風体で、なんだかぼくは気味が悪くなって来たのだけれど、Dはそのうち顔をテーブルに突っ伏したまま腕をぶんぶん振り回し始め、色々とコップやら食器をぶちかまし始めた。こうなるともはや迷惑以外の何者でもないのでとりあえず腕の射程範囲外に食器を遠ざけて、ハラハラと行く末を見守っていたのだけれど、ほどなくシーンとして動かなくなったので、D以外の満場一致でよし帰ろうということになった。

 そういうわけでDに帰るぞと言って立ち上がらせようとしたのだけれど、テーブルに突っ伏したままとんと動かない。呼ぶと腕だけはバッテンを作ったりマルを作ったりと反応するのだけれど身体は根が張った様に動かなくて、意識がありそうなくせに動かないその態度というか状態にぼくらは相当イラっとした。そういうふうにDは動きたく無い旨を腕のジェスチャーで表現していたのだけれど、バカ言うな帰るぞと3人がかりでテーブルからどかそうとしたら、そのまま椅子からずるずると床にすべり落ち、これはいわゆる酩酊状態なのだと理解した。ぼくは本当にこいつを置いて帰りたかったのだけれど、お店が迷惑するのでそういうわけにもゆかず、3人掛かりでDを引き摺りながら、その際にDは引き摺られながら嘔吐して、結局お店に迷惑をかけた。力の入っていない人間というのは想像以上に重いものなのだなとそのとき思った。

 とにかくなんとかDを店の外まで引き摺りしたのでとりあえず歩道に転がし、その合間にぼくのクルマを持って来た。クルマに乗せたらまた嘔吐しそうだし、おれのクルマだし、乗せたくないなと思いつつ助手席に皆でDを乗せた。Dは乗った瞬間にまた嘔吐したのだけれどその時はビニール袋でナイスキャッチして、そのビニール袋をDの顔にくっつけたまま近くのA宅まで連れて行ったのだけれどこの時の運転がぼくは一番ハラハラした。DをA宅の玄関まで運び、その際にDのズボンが破れたのだけれどそれはそれとして、寝室やリビングで嘔吐されてはたまらないので結局一番無難な風呂場に運び込んだ。病人にするような、横に寝かせる体位にしたのでこれなら嘔吐しても喉に詰まらないから安心だろうと、ようやく皆で一仕事終えた感があった。ぼくらは風呂場を後にしてリビングで軽く乾杯し、今日はとんでもない事になったなと語り合ってほどなく眠りについた。

 翌日はDをA宅に置いて行ったまま皆で、地元で名の知れたかき氷のお店に行って、午後にようやく起き出した二日酔いのDを連れて帰路についた。Dと顔をあわせても昨日の事について自分から特になにも言わなかったので、そこでぼくはまたイラっとして、昨日お前がやらかしたことをどこまで覚えているのだとDに訪ねたところ、Bが到着したくらいから後の記憶が全く無くて気付いたら風呂場に居たとDは答えた。つまりまったく記憶が飛んでいるらしかったので、彼がやらかした事と皆がどれだけ苦労をして介抱したのかを懇切丁寧に伝え、最後にこれはフィクションではないよと付け加えたら、さすがにDも反省をしたようだった。

 終わってみれば愉快な出来事ではあったけれども、二度とこんな事はしたくないし次に同じ事をやらかしたらぜったいに置いて帰ろうと心に誓った。