『わたしを離さないで』

昨日『わたしを離さないで』という映画を観た。原作をずいぶん前に読んだこともあり、映画化の際は気になっていたものの、けっこうな長編を2時間程度にまとめられるのかなという不安もあり今までなんとなく敬遠していた。観てみると、イギリスの原風景的な景色や、学校の雰囲気など、原作に忠実なつくりをしている印象で、もうあまり覚えていない原作をぼんやりと思い出しながら観ることができた。


 ちなみに原作はちょっとミステリー的な物語構成をしていて、そのストーリーテリングに凄く衝撃を受けたのだけれど、映画では情報の構成を変えていてミステリー的な要素はほとんどない。その構成が悪いというわけではなく、映画は映画でテーマに集中できるからこれはこれで面白い。とはいえ、原作を読んでいたほうが楽しめるだろうし、原作そのものが前述したようにとても衝撃的な構成で、また著者の文体がとても綺麗で読みやすいので、もしどちらも観ていない人が居たら原作をまず読んで欲しいと思う。ちなみにAmazonのレビューも罠があるので未読推奨。低温でありながら確かな温もりを感じられる文体とでもいうべき、とても静謐な文章。この本を読んでから、外国にはこんなに面白い小説があるのかと思い、翻訳小説を少しずつ読むようになった。


 この『わたしを離さないで』のような、フィクションの世界から現実を対照し、現実に問いかけてくるようなタイプの話は好きだ。逃れようのない運命が無慈悲に目の前に立ち塞がるとき、どう立ち向かい、あるいは受け容れたり、諦観するか、そういう事を考える。原作や映画での主人公たちのそれに立ち向かう温度は一見低く、それでも内面には熱いものが感じられる。明日世界が滅ぶとしても私はリンゴの木を植えるだろう、というフレーズがあるが、そこには爆発するようなエネルギーは無い。それは弱くてもいつまでも赤く光を保つ熾火のようであり、そういった種類の意思をつねに心の中に置いておけるようになりたいと思う。