トレーニング日誌を付け始めた

暖かな晴天の土曜日。良く寝たので上調子かと思いきや、ローラーを回すと酸欠気味。酸欠というのは言い過ぎだが、なんとなく脳に酸素が行き渡って無い感じがある。こういう感覚はだいたい調子が悪い時のサイン。インターバルをやるも、平均回数程度で撃沈。心拍もなかなか下がらず辛い。午後は自転車を洗い、終わり頃にさいたまクリテリウム(自転車レース)の中継が始まったので観る。なんとなく結果は分かっていたので(ある程度結果が決まっているふうな大会なのです)、最後だけ観ようと一眠りしたらゴールの瞬間を見逃した。


 トレーニングの日誌的なものを付ける事にした。ちなみに今日で5日目である。まだまだ駆け出しであるのに偉そうに日誌とかすみません。もともと室内トレーニングでも外走行でも、サイクルコンピュータが走行の記録はしてくれている。専用のサイトで走行記録をアップロードして見直す事も出来る。ただサイクルコンピュータの場合は、時間やパワーや速度、心拍数など、デジタルな記録はきっちり記録できるので便利な一方、感覚的なメモを残しにくい。そして、感覚的なメモはけっこう重要だったりする。自分のように(手前味噌ですが)ある程度トレーニングを積んでいる場合、伸び方はどうしても少しずつになる。何週間も成長が無いシーンもあるので、そういう時はデジタルな記録よりもその時の調子や終了後の疲労感の具合などが役に立つ(らしい。らしい、というのはまだ5日目だから。)。当たり前だが、調子とかストレスとか疲労感は日によって結構違うのが改めて分かる。


 日誌は手帳サイズのメモ帳に書いている。こういった情報はもちろん、専用のサイトにタイピングして書く事も出来るけど、けっこう面倒。思ったより書く事が色々とあるためだ。手書きは手軽である。記録して分かったが、メモ帳だと見開きで2週間分が観られるので、俯瞰が出来るという意味でも良い。デジタルデータは集計は得意だが、俯瞰はちょっと難しい。そして、好きな事を自分で記録するという行為自体なかなか楽しいものである。


 本当は日記(その日にあった事とか気付いた事的な、全体的な生活の日記)も書きたいのだが、サラリーマンだとあまり変化が無いので書きづらい。感受性の問題もあるのだろうけれど。