『昨夜のカレー、明日のパン』

若くして亡くなった一樹の元妻であるテツコは、夫の父と何故かそのまま何年も暮らしていた。一樹をめぐるその身内、友達が、彼の不在を少しづつ受け入れ変わってゆく。

一樹の妻のテツコから始まり、一樹の友達、親戚、母、父など、それぞれ視点が変わって展開される群像劇となっている。時系列が近い同士の話などでは、ある人物の行動が、別の人物の話で出てきたりする構造が面白い。

出てくる登場人物はすべてなんとなく間の抜けた天然ボケのような人たちで、それでいてみんないい人たちなのが癒される。基本的に悪者は出てこない。漫画でいうとこうの史代さんのような空気感。つまり、非常に自分好みな小説だった。

主人公のテツコは、義父とずっと暮らしているが、別に変な関係ではないのが、却ってヘンテコな感じだ。けれどもそれは、夫が不在でいながら夫がいた頃の生活を変えたくないという無意識の現れにも思える。居なくなってしまった人がいない生活は、もう過去と違ったものになっているはずだ。けれどもそれを受け入れることが怖くて今の状況を変えられずにいる。それは過去に縛られているようにも思えるし、同時にとても大切にしているようにも思えて切ない。その動かないままの現在から、なんとなく何かがきっかけとなり、気づいて、新しい人生を主体的に一歩踏み出す登場人物たちがとても愛おしく身近に感じられる。

2章からかなり涙腺を攻めにくるのでヤバい。というか全編を通してヤバい。外出先では読めない。泣きたい人は読んでほしい。(と書いたが、マイマザーに貸して読んだら『それほど泣ける話でもなかった』との感想をいただいたので、人それぞれということで。)