『羊と鋼の森』(書籍)感想

羊と鋼の森 宮下奈都

 
自分がこの本を手にしたきっかけは、映画館で実写版の予告を見て、実写には興味が無かったが映画化する作品なのだからきっと原作は面白いのだろうと興味を持ったからだった。


外村という青年が、ピアノ調律師に出会い、その音に惹かれて自分も調律師になる、彼の成長物語となっている。

 
ピアノ調律師という、「職業名は知っているけれど何をしているかよくわからない人たちの仕事」にスポットが当たっていて、その仕事の内容だけでなく、どういった気持ちや使命を持って働いているのかが見られるのも面白い。

 
登場人物がみんな常識人かつ良い人が揃っている平和な世界である。何か大きいトラブルが起こるわけでも、立ち直れなくなるほどの絶望があるわけでも、苦しんだ先の大きな感動があるわけでもない。そういった起伏に多少乏しい展開は、読んでいて多少肩透かしを食らったのも事実だ。ただ、主人公がピアノとそれに関わる人達を通じて、少しずつ気付きを得て少しずつ成長していく。主人公の仕事仲間である先輩たちは、尖った個性を持っているわけではないが、それぞれプロフェッショナルな仕事ぶりで主人公を教え導く。この職人然とした先輩たちが地味だがカッコいい。

 
主人公は朴訥で真面目、特別な才能に恵まれてもいない普通の人なので、読む側も彼と同調しやすい。しばしば音のイメージを森に喩える彼だが、表現力が豊かで読んでいて心地が良い。著者の文体がとても読みやすいのもあるだろう。静かでやわらかくするすると読み進むことができる。やさしい世界で強く生きる人たちの物語を感じたい人にオススメ。