映画『ジョーカー』感想

レイトショーで観に行った。

 


ゴッサムシティのダウンタウンで暮らす中年男アーサー。病気の母と同居しつつ道化の安仕事を請け生計を立てる傍ら、コメディアンを目指している。彼自身も『突然笑いの発作が起こる』という持病を抱えていた。ある日仕事仲間から護身用として銃を渡されるが…。

 


若干のネタバレを含む。

 

 

 

相当面白かった。が、かなり鬱テイストの強い映画だといえる。ラースフォントリアーの映画を観ているかのようだった、と書けば伝わる人には伝わるかもしれない(闇堕ちしたまま戻らなかった『ブラック・スワン』のよう)。ひどい生い立ち、取り巻く環境と現況、明らかに希望のない展開。ごく個人的に決定的につらかったのは『病気の母が居る』という設定一点。このアーサーは自分の母を普通の親子として普通に愛しているのだ。これはつらい。だってこれただの人間が悪役になるまでの映画だぜ?そんなアーサーが母親の入浴を手伝い、背中をゴシゴシ洗っているのだ。悲しくて仕方がない。この母親がこの映画の中でどうなってしまうかというと、どうなってしまうかに決まっている(いちおうネタバレに配慮してぼかす)。それが冒頭でいきなりわかりきってしまうのがつらい。

 


お話の展開としてはおおむね直線的で、特に複雑なプロットはない。導入は丁寧だがやや

退屈でもある。ただの人間がジョーカーとして覚醒する(とはいってもジョーカーは何か超能力や特殊な身体能力を得るわけではないが)までの話なので、ただでさえつらい境遇が話が進むにつれて輪をかけてつらくなっていくというところだ。中盤で明かされるアーサーの出自をはじめとし、治らない病気、母親の病気や彼女の過去、さっぱり大衆に受けないコメディ、努力を嘲笑う聴衆。アーサーが懸命によく生きようとする一方、どんどん歪んだ方向へ進まされてゆく。

 


しかし彼はその運命に諦観することなく、自身の人生の意味を問い続けながら(一般的に悪とされる)悪への道へ邁進していく。この不気味なポジティブさ、ピュアさ、諦めないメンタルという面を切り取れば、なるほど一部の感想に述べられるような『スカッとする成功物語』にも見える。特に、終盤の最後のチャンスをものにして大成を掴む流れはサクセスストーリーそのものである。彼の人生が『転落』でもあり『成功』でもある、その同時性が面白いともいえる。

 


アーサー(ジョーカー)は社会に恨みがあるわけでも、環境に恨みがあるわけでもない。金儲けがしたいわけでも悪として名をなしたいわけでもない。世界を征服したいわけでもない。そういった頓着の無さがジョーカーの、ほかの悪役と違う無二の個性でもある。自分自身の人生を『悲劇』ではなく『喜劇だ』としていること、そして命の価値を自他共に最低に置いていること。いわゆる昨今よく聞かれる『無敵の人』に重なるパーソナリティである。

 


この映画を観ていて『ファイト・クラブ』にも少し重なるものを感じた(作劇上『ファイト・クラブ』ととても似た演出が一部ある)。何も持たない男が「物質社会なんかクソ食らえ」と混沌を企てるという部分は共通している。ジョーカーに憧れるやつらは、タイラーダーデンに憧れるスペースモンキーと重なる。

 


アーサー役のホアキン・フェニックスの演技は素晴らしい。ピュアなアーサーから不気味なジョーカーまで完璧に演じていると感じる。ダークナイトのジョーカーに比べるとややウェットな感じがある。

 


現代の個人が抱える闇に切り込んだ作品であると思うので、気になる人は早めに映画館で観るのがオススメ。