哀しみの共有の事

寒さも和らぎの予感が近づく。


今週は日帰りで出張があり、その日はたまたま3月11日だった。出張の日は4時起きで、眠気の醒めやらぬまま家を出て東京駅に向かった。出張先で打ち合わせを終え、1人で帰路に着いた。時間が空いていたので新幹線に乗る前に報告書を書き終えて、新幹線に乗っている時間は1時間半ほどあるものだから、3月11日の事を書こうかなと考えていた。1時間くらい考えていたけれど纏まった文章にならず、適当にツイートをひとつ書いただけで終わった。思ったより中身のある事は書けないものだと思った。


 週間タイプのほぼ日手帳を使っていて、そこには1週間のページ毎に『ほぼ日』コンテンツから抜粋された言葉が載っているのだけれど、3月11日の週にはこういった事が書いてあった。「3月11日を忘れない日にしよう、と良く言われます。しかしその日は、忘れたいのに忘れられない日です。いちばん忘れちゃいけないのは本当になんでもない日々です。幸せだったはずの、前の日なんじゃないかと思います。」


 自分に翻って考えてみると、別に前日なんて幸せでもなんでもなかったなと思う。実際、この辺りの日は割とどん底だった。実際には3月11日がきっかけの1つになって、うつ病になって、ほどなくして仕事を辞めたけれど、仕事を辞めた事も含めて色々と人生にプラスになった事も多かった。だからその日が良かったとか言うつもりもないが、前日が幸せだったわけでもない。


 ここまで考えて思ったのだが、当たり前だけれど、この人の言葉はおれに向けられて放たれた言葉ではないのだろうと思う。被災地にいる、被災者のための言葉なんだろうと思う。つい自分に置き換えて考えてしまっていたが、比較的関係のない自分に向けられた言葉ではないのだ。それなのに、なにかこう『震災』だとか『3月11日』というスケールの言葉でくくられるとき、ただ東京に居て強い揺れを感じただけで、なんとなく深刻な地域と一緒の『体験』をしたかのように考えて、その哀しみを疑問を持たずに共有してしまいがちだ。だけれど、そういうのって違うなと思う。他人の哀しみに寄り添う事は人として尊い行為ではあるけれど、他人の哀しみを自分と同一の哀しみとしてとけ込ませようとするのはちょっと違うなと思う。この人の言葉を悪く言うつもりはないけれど、メディアで震災が語られるときに自分が覚える違和感は多分この辺りにあって、あたかも同一平準化された、それなのにやたら具体的な『哀しみ』の形があって、それを(あんまり関係ない)皆も共有しよう、みたいな感じが苦手なのかなと思った。