『苦役列車』を読んだ事

曇り空で肌寒い日曜日。当初は雨の予報だったけれど雨粒が落ちてくる様子は今の所ない。自転車に乗ろうと思ったけれど小さい眩暈が相変わらずあるため、ローラーにしておく事にし、いつものミスドに向かう。

2年前に芥川賞を受賞した西村賢太の『苦役列車』は、その人となりから当時気になっていたにもかかわらず読む機会を逃していた。最近ふと本屋に立ち寄った際に目に触れたので買ってようやく読む事ができた。私小説といったジャンルであるらしく、著者の孤独な日雇いの日々を描く表題作と、その十数年後のこれまた孤独に夢を追う著者の生活を描く2作が収められている。どこかしら古風な漢字や言い回しを多用し、それでいてテンポを損なう事のない文体で、読むのが楽しい。ともすれば読んでいて気が滅入りそうな、どこまでも薄暗い境遇を、独特のユーモアで包み込んでいる。かとおもえば時折ユーモアの一切ない抜き身の感情が現出してくる一節に肝を冷やされる。

克服できない劣等感や満たされない自尊心を抱えながら孤独に生きていくのはまさしく苦役であるけれど、そういった生き方を面白く描けるというのは、希望でもある。それが滑稽だろうとなんだろうと、苦しい事をユーモアに変えられることは苦しく生きる人の、少ないけれど確かにある希望の一つであり、必要なものではないか。読みながらそんなことを思った。